僕の子供のころ、家の食卓にはタッパ・ウェアーに常に「イカの醤油づけ」が置き放たれていた。茶の間のテレビからは大橋巨泉の「ハッパ・フミフミ」というCM、とだなには渡辺の粉末ジュースの素、そしてコルゲンの貯金箱が机の上に。
 そんな頃のテーブルのハジッコで、不気味にドス黒赤く、ちょっと不潔な輝きを放つ「イカの醤油づけ」は、アシッドな魅力に満ちたスナック的つまみだ。
 スルメを2ミリ幅程度に千切りにして、醤油とミリン、砂糖少々を混ぜた液体につけ込む。イカは3日めぐらいに入れ歯でも噛めるほど柔らかくなる。液体はタッパの中に常駐し、数ヶ月もの間、イカエキスを出しながらうまみを増して行く。それだけの食い物だが、ポテトチップにも、唐辛子味の柿の種よりもクセになる。家族全員でつまむので、ものすごいスピードで減っていく。スルメは黙々と家族の誰かによって切られ、毎晩追加注文される。「あ〜、一杯呑みてえ」これで酒のツマミの風情を子供が覚えてしまうとは間違いない。
 TVでも電話機でもコタツでもない、家族を強固につなぐターミナルポイント。それはこうしたバットなほどクセになる食い物を共有することだ。
サエキけんぞう◎色1980年「ハルメンズの近代体操」でデビュー。1981年野宮真貴「ピンクの心」にて作詞家デビュー。1986年パール兄弟にて再デビュー。作詞家+プロデューサー。近作は4月末発売、雑貨店キャトルセゾン・コンピレーション「太陽のパン」

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