富山県高岡に友人で老舗和菓子屋の若旦那の大野サンがいる。大野サンと知り合ってから十年になる。毎年8月になると高岡に行く。大野サンが力を入れている地域イベント、「高岡土蔵フェスタ」に参加するためである。高岡に初めて尋ねていったときに大野サンに氷見の『寿司よし』に連れていってもらった。『寿司よし』の主人が巨人ファンということもあって、話で盛り上がった。そして、寿司ネタに感動した。氷見は日本海の大きな潮流があり、富山湾は内海になっていて、しかも遠浅ではなく、深いためにいろいろな魚が獲れる。白身は抜群に美味しかった。
 私は次の日に東京に戻り、テレビを見ていたら、女優の小川真由美サンと季礼仙サンが氷見の寿司のカウンターでリラックスしながら美味しく食べている。テレビで画面を見ていても大野サンに連れていってもらった寿司屋とは違うようだ。店内は広いし、店主も髪が薄い。「大野さんよ!氷見で一番美味しい寿司屋を紹介してくれたんじゃないのかよ」と一瞬ムカついてきた。テレビに出ている寿司屋のほうが美味しそうだし、二人の女優のご機嫌さは半端じゃない。幸福の絶頂の顔つきだ。私はますます腹が立ってきた。三ヶ月して、富山に講演があったので、帰りに高岡の大野サンの店に寄って、二人の女優が食べていた寿司屋の話をしたら、大野さんは怪訝そうな顔つきをしながら「氷見にそんな美味しい寿司屋があるなんて。私知らなかった。すいません」と謝るついでに、大野サンとテレビの寿司屋に出かけた。テレビの記憶をたどって氷見の寿司屋に入っていくと、「いらっしゃい。ねじめ先生久しぶりです」と店主が声をかけてくるではないか。テレビに映っていたのは『寿司よし』だったのである。テレビのカメラのアングルで全然別の店に見えていたのだ。私は大野サンに謝った。勘違いにもほどがある。一生頭が上がらない。

ねじめ正一◎作家・詩人。1948年東京高円寺生まれ。81年処女詩集『ふ』で詩壇の芥川賞と呼ばれる『H氏賞』を受賞。89年初めててがけた小説『高円寺純情商店街』で101回直木賞受賞。04年『まいごのことり』で第15回ひろすけ童話賞を受賞。絵本も多数あり。野球好きで、長嶋茂雄さんに関する著書も多い。

Illustration=小林光樹
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