鮎は結構好きなので、あれば必ず食べます。10年ぐらい前、小田原のフランス料理店で最初のアミューズに、稚鮎のフリットが清流をあしらったようなガラスの器の上に、泳いでいる感じで出てきて、それを手で食べるんですが、その食べ方に感動しました。フランス料理の流れの中に組み込まれている日本料理。鮎の渋みをアミューズで出すのもいいし、フリットはヨーロッパ的だけど生きている姿を模して出すというのがすごく日本的で、手で食べるのが大昔の人間の生活を甦らせるというか、川に手をつっこんで自分でさかなをとらえるみたいでいいなと。ものを食べるって本当はそんなに清潔なものじゃないという気がするんです。僕はさかなを食べるときに、若干の生臭さとかみんなが嫌うような部分がむしろ好きで、自然のものを自然のままで口にしたり手にしたりするというのは本来の日本のよさというか、そこに文化の原点があるような気がしています。だからどんなに文明的で清潔な生活だとしても、ふとしたきっかけで自分の手を土で汚すみたいなことがあった方がよくて、食べることもその感覚を失いたくないと思っています。
 いままで食べ物で、さかなに限れば3回泣いたことがあって、1回目は金沢の甘エビ。市場で買ってそのままつまみにして、みんなで戸外で酒を飲んだのですが、その甘エビの旨かったこと! 2回目は函館なんですけど、居酒屋であじの刺身を注文したんですが、お皿に山盛り出て来てびっくり、食べてびっくり。それまであじをわりと馬鹿にしていたんですけども、美味しくてこれも泣きました。3回目は築地のエビの話なのですが、知り合いの料理屋さんに絶滅しかけたエビでもう市場に出ることはないようなありえないものが入ったからと、料理してもらったんです。食べたらエビの味はしなくて、こってりというかスゴい味なんですよ。一生食べられないんだな、絶滅しかけているものを食べているんだと思ったときに、また涙が出ましたね。
 感動を越える美味しいさかなは一期一会。美味しいものは、実は完全に死んでいるのではなくて、「命」を食べているからじゃないかなと思います。命を受け継ぐことは、自然の中の尊い行い。自分はその感覚、その気持ちを忘れないようにいたいと思っています。
てづかまこと◎1961年東京生まれ。ヴィジュアリストという肩書きで映画をはじめとする映像、小説やイベント、マルチ・メディアなどジャンルを超えた表現活動を行っている。長編映画『白痴』でヴェネチア国際映画祭デジタルアワードを受賞。テレビ・アニメ『ブラック・ジャック』を監督。テレビ出演や講演活動も行っている。




photo:maruo mayumi
絵=手塚眞
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