今年は、大学時代の後輩二人と年越しをした。すごく久しぶりに会う男の子たちなのだが、「十二月三十一日に、築地に行きませんか?」というお誘いメールが届いたので、大江戸線に乗って築地市場へ行ったのである。年の瀬の市場は大賑わいであった。魚屋さんが大声で呼び込みをしており、頭上にあるビニールの屋根には、ペットボトルのお茶と、クリームパンが載っていた。きっと昼休みは取れないから、隙を見て飲んだりかじったりして空腹をしのぎ、一日中呼び込みを続けるつもりなのであろう。
「これ、焼くといいですか?」
 と鰤を指さして聞いてみた。
「焼くなんてもったいない。鰤しゃぶがいいですよ」
 と魚屋さんが言う。
「薄く切るんですか?」
「一ミリ」
 ひとさし指を立てる。
「どのくらい鍋に入れるんですか?」
「一秒」
 またひとさし指を立てる。
「これください」
 そうして、私たちは五千円の切り身の鰤と、二千円の鯛の尾頭付きを買った。市場全体の活気にのまれ、私たちはテンションが上がってしまい、その値段を高いとは感じなかった。
 後輩の家に行き、おぼつかない手で鰤を一ミリの厚さに切り、鯛のウロコをそいだ。紅白を観つつ、鍋を囲み、
「一秒、一秒」
 と叫び合いながら、ひらりひらりと食べた鰤はとてもおいしかった。焼いた鯛も美味だった。だが、私も後輩たちも、三十歳前後である。家族でも、恋人でもない、淡い関係同士で、高い魚を食べる年越しをしていていいのだろうか、と少しだけ不安になった。
 今年ももう、終わりが見えてきた。始まりと同じように、いろいろな友人知人によって彩られた一年になりそうだ。もしかしたら私の人生は、淡い関係の人たちに支えられて出来上がっていくのかもしれない。
やまざきなおこーら◎1978年9月15日(木)福岡県生まれ、埼玉県育ち、東京都在住。國學院大學文学部日本文学科卒業後、会社員をしながら書いた『人のセックスを笑うな』で第41回文藝賞を受賞し、2004年から作家活動を開始。主な著書に『男と点と線』(新潮社)、『ここに消えない会話がある』(集英社)、『あたしはビー玉』(幻冬舎)、『この世は二人組ではできあがらない』(新潮社)などがある。『指先からソーダ』(河出文庫)が8月5日に発売。
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