実は僕、魚に対するエピソードがあんまりなくて、しじみの話は正直ないんですけど、貝で思い出したのはムール貝。子供の頃にイタリアンのサバティーニでムール貝を食べさせてもらって、ムール貝って1個食べるとその貝でつまんで食べるでしょ。それに感激して、そのことを小学生の自分が知った喜びというか、未体験の大人の食べ物を食べているという、その喜びははんぱなかったんですよね。だからそこへ行くと必ずムール貝を食べたという思い出があります。しかもムール貝の話を友だちにしてもわかんないし、それが優越感というか気分良くて「へぇー知らないんだ」みたいな。だからムール貝に対する思い入れは相当強いです。
 あと、また貝から遠のくんだけど、うなぎがもうガキの頃から大好物で、それはムール貝の特別感とはちょっと違う感覚で、大嫌いなおじいちゃんのところに行くのを我慢するぐらい好きで。鬼みたいに恐いんです。僕はおじいちゃんが恐いからその家に行くのが嫌いで。でも本当に旨いうなぎを出前で取ってくれるんですよ。うなぎが食えるんなら、ほんとにあのおじいちゃんと口喧嘩で刺し違えてもいいって思うぐらい好きで、おじいちゃんも僕がうなぎが好きだってことを知っているから、みんながうなぎを食べる必要はないのに取ってくれてた。たぶんうれしかったんでしょうね。でも、僕とおじいちゃんは一言もしゃべんないんですよ(笑)。まあそれ以来、味を覚えちゃって、うなぎの虜ですよ。風邪引いてもうなぎ、がんばらなきゃならないときもうなぎ、という風に過ごしてきて本当に大好きだったんだけど、ここ2年ぐらいうなぎがそんなに食べられなくなっちゃって。味は旨いと思うんだけど、半分ぐらいしか食べられない。うな重を一瞬にして平らげる僕がいまは半分なんて。うなぎに対する敬意があるから半分を残す行為が耐えられないと言うか、かなり申し訳なくって。前までは好きなモノを聞かれると「うなぎ!」と即答でしたからね。なのに、いまはカレーとか曖昧なものになってきている(笑)。本当にうな重をしっかり全部食べたいんですよ。これっていまでもよだれが出て来るような状態なんだけど、脳と内臓とが喧嘩しちゃって、食道のあたりでうなぎ戦争が起こってるわけですよ。結構ショックです。本当に好きだったから、うなぎのことを考えるとこれからどうしようって悩むんです。もしかして原点のうなぎに戻ったら大丈夫かなとも思うんだけど、それでつまづいたときのショックを考えると冒険できないところがあって。というか、いま話していて、自分のうなぎへの愛にびっくりしました(笑)。
ながつかけいし◎劇作家・演出家・俳優。1975年東京都生まれ。演劇プロデュースユニット《阿佐ヶ谷スパイダース》主宰、作・演出・出演の三役をこなす。2009年文化庁新進芸術家海外留学制度にて1年間ロンドンに留学後、ソロプロジェクト《葛河思潮社》旗揚げ。6月には構成・演出を担当する、舞台『南部高速道路』がシアタートラムで上演予定。
撮影=三木麻奈
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