やっぱり塩鯖
 魚の話をさせてもらえば、僕の子供時代は水俣で水銀の事件が起きた頃で、海のものというのはほとんど入ってこなくてね。しかも僕の出身は熊本の人吉という、鹿児島と宮崎の県境ぐらいのちょうど山の中で、魚というとずっと川魚だったんです。親父が釣り好きで川に釣りに行っちゃあ、釣ってきたものを串に刺して火鉢で乾燥させて、家の中に吊るしていました。非常食にね。食べるときは番茶で煮て。お茶で煮ると川魚の臭みがなくなって骨まで柔らかくなるんですよ。あと醤油で煮たのが好きでしたね。それらはいまでも好きですけど、やっぱり海のものの方が美味しいと思います(笑)。
高校3年生になった時、学校の近くに下宿をしたんです。食事は先生たちの下宿先にお世話になってたんですが、そこで出されるごはんが毎日塩鯖なんですよ。そこの家の息子は同級生なんですが、一緒に食堂で食べていて、ふと見ると彼のだけおかずが違うんです。県大会に出るような水泳選手だったからなんでしょうけど、肉とかもあってバラエティに富んでいる。なのに僕らは毎日塩鯖。さすがに塩鯖が続くもんだから頭にきて、ある時うちのおっかさんに電話で「いくら支払っているかわからないけど、毎日塩鯖だからあそこやめて自炊する」って言ったんですよ。そしたら、そこの奥さんが怒っちゃって「あんたばっかりじゃない。みんな塩鯖だ!」って(笑)。そんなこともあったのに、その後も変わらず塩鯖で、おなかは満たされない上に、毎回同じ弁当で恥ずかしくて、そのうちに体育館の地下で早弁してましたよ。でもね、こんだけ塩鯖食べていたら普通なら食べたくなくなるんでしょうけど、いまでも塩鯖はもちろん、鯖、鯵、鰯、秋刀魚などの光物が好きなんですよね。東京に来てからいろいろなものを食べているけど、自炊を始めて最初につくった魚料理もやっぱり塩鯖だったと思うなぁ。
なかはらたけお◎俳優。1951年熊本県生まれ。劇団未来劇場にて数多くの舞台を踏んだ後、映画・テレビ等の映像世界に。92年に「おこげ」で映画主演デビュー。以後、現代劇、時代劇を問わず幅広く活躍。そのかたわら、プライベートバンド「TAKEO.UT」を結成しライブを行ったり、絵画の個展を開催したりと、多方面で才能を発揮。最近では「中原丈雄オリジナル九谷和グラス」のデザインを手がける。
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