カスベという魚をご存じでしょうか。
 調べたところ、カスベというのは主に北海道や東北での呼び名で、実際にはほぼエイと同じものと考えていいらしい。これは、私はだいぶ長じてから知ったことです。私はまずカスベなる魚を食べものとして先に知り、あとから水族館でエイを知りました。それが頭の中で一致したのはごく最近の話。いや、今でもあんまり一致していません。カスベはカスベ、エイはエイだと思っています。
 なんで唐突にカスベの話をしたかというと、曲がりなりにも主にエッセイやコラムで生計を立てている私の、デビュー作ともいえる作品がこのカスベを題材にしたものだったのです。
 作品名「ほねはたべれる」。制作時、おそらく4歳。物持ちのいい実家にはその冊子が残っています。
 私の親類はほぼすべて北海道民で、当時は私も札幌に住んでいました。毎日のように道産の良い魚が食卓に並んでいた幼少期のある日、「カスベの煮付け」なるものを初めて食べたのです。よく食べていたカレイに似ているようだけど、骨がずいぶん太い。母が「骨も食べれるよ」と言う。恐る恐るかじってみると、コリコリとした軟骨でおいしい。
 魚の煮付け自体はそんなに好きではなかったというのに、4歳の私は「食べられない、むしろ喉に刺さって危険だと言われていたはずの魚の骨が食べられる」ということにずいぶんと衝撃を受けたようで、それを題材に「ほねはたべれる」という冊子を著したのです。ホチキス止めの6ページ。ワイドショーのレポーターのような人が街頭インタビューで、ほねもたべれる「かすべ」なる魚を紹介してもらうというだけの話。あえてジャンルを挙げるならフェイクドキュメンタリーですかね。
 北海道を離れてからはカスベを口にすることなんてなくなったけど、デビュー(?)を支えてくれたカスベという魚のことは一生忘れません。今でも魚の煮付けはそんなに好きではないんだけどね。
のうまちみねこ◎1979年北海道生まれ・茨城県育ち。主に文筆業。週刊文春、装苑などで連載中。主な著書に『ときめかない日記』(幻冬舎文庫)、『お家賃ですけど』(文春文庫)など。また、フジテレビ系「久保みねヒャダこじらせナイト」など、メディアにもときおり出演している。
撮影=DAISUKE YAMADA
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