日本海に面した北陸の街で生まれ育ったのに、子どもの頃は肉と魚が食べられない偏食児童で、あとから思えばソンをした。生まれてはじめてはまちの刺身を食べて、こんなにおいしいものがあったのか、と感動したのが20歳を過ぎてからである。今では食べられないものは何もない、「人も食う」と言われる悪食になった。
 その後、住んだのが京都。瀬戸内海を内懐に持つ関西は、鯛が魚の王者。それにひらめや鱧などの白身の魚が好まれる。お江戸に来てびっくりしたのが、太平洋側は鰹まぐろ文化圏だったことだ。最上のごちそうはまぐろ。それも部位によってトロ、中トロ、赤身とランクがある。上トロはほとんど芸術品だ。なるほどたまり醤油と言われるこってりした醤油は、脂で水分をはじくようなまぐろ向けの醤油なのかとわかった。わたしは関西風のすっきりした透明度のある醤油が好き。これが山陰や九州に行くと、醤油が甘い。せっかくの近海物の鮮魚をこの甘い醤油で食べると思うとげんなりして、my醤油を持ち歩こうか、という気になる。それに漁師町の地元勢に人気の鮨屋に行くと、練りわさびが出てくるのが痛恨の思い。あるときmyわさびを持ち歩いて「大将、これでやって」と頼んだが、たぶんいやがられただろうな。
 そのうちふるさと回帰をして、魚は日本海が一番!と思いはじめた。冬の蟹と鰤のうまさったらない。甘エビやガス海老のとろりとした甘みも。しかも、もともとうまいものをもっとうまく、と昆布締めにしてあるのだから、たまらない。蟹ならみそ、あわびなら肝、たらは白子、それにウニとイクラ・・・なにしろ、コレステロール値が上がるものばかり好物で、実際コレステロール値の検査結果は警戒信号に達している。でも、いいんだ、おいしいものを食べて寿命が縮んでも、本望だもんね。
 というわけで、このところ仕事で地方に行くと、地元の鮨屋さんで近海ネタの鮨をつまむのが無上の快楽・・・というオヤジ趣味になっている。懇親会なんていいから、放し飼いにしてほしい。そしてカウンターで「女ひとり寿司」がしたい。
 ああ、ニッポンに生まれてよかった!

うえのちづこ◎社会学者/1948年富山県生まれ。専門は女性学、ジェンダー研究。この分野のパイオニアで、指導的な理論家の一人。京都大学大学院社会学博士課程修了、平安女学院短期大学助教授、シカゴ大学人類学部客員研究員、京都精華大学助教授、国際日本文化研究センター客員助教授、ボン大学客員教授、コロンビア大学客員教授、メキシコ大学院大学客員教授等を経る。1995年東京大学大学院人文社会系研究科教授。


photo=菅野勝男  Illustration=Limace Sakano
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