『ごくらくちんみ〈極楽珍味〉』という連載を、毎月四年にわたり執筆中の我輩(ネコでさえ我輩と云ふのに、オナゴであるワタシメが、我輩なぞと耳障りなことは、なんらあるまひ)であるからは、酒肴(珍味)にかんしては、すいぶんと、ウルサイ。ウルサイ、とは、「充分精通している」、のではなく、単に、ノイジー、なのである。
 連載中、編集部より、たった一言、アドバイスがあったのは、「なんだか海のものに片寄っている」だった。海山の珍味、と云えど、酒には、やはりクセのある、生臭い、磯臭いものに、とどめをさす。となると、だんぜん海は、文字通り、サカナの宝庫だ。
 「究極」の肴、は存在しない。どんな時処にも、百人百様、十人十色の嗜好がある。我輩個人の、あえて一品となれば、ほやのしおから、ホヤシオだ。生臭く磯臭い、アレをチロリと嘗めれば、カルキ臭のある水道水さえ、ミネラルウォーターに大変身する。
 ホヤシオなら、通年手に入るし、高価でもない。なんなんだろうねえ、あの旨さは。ウマイではなくムマイ、と発音したくなる、コクとマロミ。そして、喉をすべり落ちたあとの清涼感。だから、フツーの安酒でも、大吟醸に感じる。「あんなもん世になくとも他にウマイもんは、なんぼでもあらあ」と吠える輩は、我輩個人としては、酒呑みとは認め得ない。日本酒にはもちろん、世界中の酒を、必ず、スリーランクアップさせる。あの魔術を知らずして、酒くむは、哀れである。

杉浦日向子◎文筆家。現在、NHK総合テレビ「お江戸でござる」で活躍中。

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