子供の頃を南房総の千倉ですごしたので魚大好き人間に育った。ぼくの身長一七五センチ、体重六三キロはほとんど魚でできているといっていい。ペンネームの「水丸」も、どこかで魚を意識しているといっていい。「魚心あれば水心」である。
 魚はほとんどといって食べている。子供の頃の家の前は、太平洋で、とにかくそれはとてつもなく大きな水槽を持っていたようなものだった。
 そんなぼくが、あんがい遅くに口にした魚に鮭がある。千倉では、魚は漁師から直接手にしていたので町には魚屋がなかったのが原因だ。フフ、そんなわけではじめて口にした鮭は缶詰だった。好きな人に頬ずりされたようなほんのりした味で、たちまち取り付かれた。
 今では朝食で食べる塩鮭がたまらない。焼くと身の表面に塩をじわっと吹いてくる辛口の塩鮭で食べる暖かい御飯はたまらない。おむすびも一番だ。ああ、何だかお腹が空いてきた。

安西水丸◎イラストレーター、作家。1942年生まれ、日大芸術学部美術学科卒。電通、ADAC(NY)、平凡社を経てフリーに。著書に「4番目の美学」「メロンが食べたい」等多数。村上春樹との共著も多い。4月、NHKのBS「世界わが心の旅」でフォークアートを訪ね、アメリカの南部を旅して歩く。

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