私はツウな女になりたかった。蜷川家はもともと富山の出身なので祖父も祖母もみんなお魚が大好き。「アコウダイの目玉を食べてみろ」だとか「魚は肝まで食べなきゃツウじゃない」とかいわれて育った。血合や皮が魚のいちばん美味しいところだと教わり、食卓にはよく鯛やブリのあら煮、鮭のハラスなどが登場したモノだ。後年、北海道にロケに行ったとき「あんた魚すきだねえ」と、骨しか残っていない私のお皿をみて、漁師さんが感心していた。幼い頃からの修行のタマモノだ。
 冬にはよく、祖父は鱈ちりを食べていた。鱈、木綿豆腐、葱のはいったシンプルな鍋。鬼平や久保田万太郎が好きそうな鍋だ。醤油を昆布出汁でのばし、荒く切った柚子と薬味で食す。子供の私は、その美味しさがどうしてもわからなかった。
にながわゆき◎女優 1960年、詩人・水野陽美の長女として横浜に生まれる。78年、高校在学中に、つかこうへい構成・演出ロックオペラ「サロメ」に主演。81年、映画「狂った果実」でヨコハマ映画祭新人賞受賞。その後「仮名手本忠臣蔵」「にごり江」「オセロー」などの舞台や数多くの映画、TV、CFでその個性を発揮。その他、ポエトリー・リーディングや絵本・脚本等の執筆、抽象絵画の制作など様々な創作活動を展開。現在、はじめて脚本・監督・主演する短編映画『バラメラバ』を制作中。
 今でも、まだヤワなので金目鯛と銀鱈の鍋が好き。それに葛きり、絹ごし豆腐、京野菜を入れて食べている。至福。絶品。美味しいだけでなく、金目鯛の赤い皮、銀鱈の黒い皮、それぞれの魚の白い身のコントラストが美しい。京野菜も出来る限りたくさんの種類を用意して食べるぶんだけ、さっと湯がいてカボスでつくったポン酢、紅葉卸しでいただく。ツウというより麗しい鍋である。
 祖父が好きだった鱈ちりの味がわかるには、もう少し「人生という名の修行が必要なのかもしれないなあ」などと、まだまだツウな女になりきれない私は、金目鯛と銀鱈の鍋をつつきながらフウッと思うのでありました。

illustration=Ninagawa Yuki
Copyright (C) 2003 NAKAJIMASUISAN Co., Ltd.