「サバ?」「ウイ、サバ」 
 フランスの町を歩いていると、こんな言葉が頻繁に耳に飛び込んでくる。細かいことを言えばその発音はサバではなくてサヴァなのではあるが、ヴァという発音を持たない我々日本人には、どうしてもそれは、お馴染みの魚、鯖を彷彿させる言葉だ。「鯖?」「うん、鯖」…「鯖食べようか」「うん、鯖食べよう」と、そんな意味に思える。がしかし、フランスにおけるこのやりとりは「元気?」「うん、元気」という意味であって、残念ながら日本語と同義語ではない。
 そんなことは分かっていても、日本食が恋しくなってきた頃、サバという二文字を耳にすると、鯖の記憶が蘇って頭から離れなくなる。 
「ほどよい酢加減、塩加減のシメ鯖で日本酒をキュッと一杯」
「炊きたてごはんにカリッと焼いた鯖? それとも味噌煮か?」
「ごま鯖茶漬けもいいなあ」
次から次へと鯖のおいしさが思い出され、望郷の念にかられるのだ。
 フランスにだって鯖はある。その名をマクローという。高級レストランの料理に登場することはないけれど、どこの魚屋の店先にも並ぶ、ポピュラーな魚である。
 どういういわれか知らないけれど、まったく同じスペル&発音のマクローには「女に稼がせて暮らす男(簡単に言っちゃえばヒモですな)」という、いささか不名誉な意味もある。気の毒な魚だ。
 代表的なフランスの料理法は、その一、塩胡椒してオーブンで焼く。その二、クリームソースをかけてグラタンにする。その三、白ワインで煮たあと、ビネガーに漬け込む…日本と共通点のある調理法なのだが…サバ好き日本人である私に言わせていただければ、フレンチの鯖は熱しすぎ、酸っぱすぎて繊細さに欠け、日本料理で登場する鯖のほうが圧倒的に美味だ。
 鯖は日本で食べるに限る。



こぐれひでこ◎1947年埼玉県生まれ。東京学芸大學教育学部美術科卒業。72年から75年パリ滞在。帰国後85年まで服飾デザイナーとして活動。85年以降、食、旅、暮らしに関することをイラストレーションと文章で展開中。近著に「お昼ごはん、何にする?」(マガジンハウス)「カワイイ幸運グッズ」(東京書籍)。インターネットマガジンンで「ごはん日記」毎日更新中。

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