日本には引き算の美学というのがあって、例えば料理でいうと、おさかなのカルパッチョ。僕は西洋音楽を書いていますが、よく海外のオーケストラ団員にすごく日本的だって言われる。これはなんなんだろうと僕の親友、ミシュランで4年連続星を獲得している神田さんなんですが、彼に話したら、例えば、鯛があってカルパッチョにするとする。西洋料理のシェフたちはまずこれにオリーブオイルをかけて、塩、こしょうをして、どんどん足し算をしていく。お客の前に出したあと、お客も味を足していいんですよ。でも和食の職人は引き算をする。味を引き出すという意味もあるんですが、それよりもどんどんシンプルにする。これがテクニックだって。ちょっと香りを取りたいと思ったら、分からない程度にゆがくとか、あるいは皮目に焼き目をつけるとか。これ以上ないという状態で出す。それ以上何も手を加えてもらっても困るというような引き算をしていく。そこに白身魚の醍醐味があると。よくよく考えると僕はオーケストラの譜面を、36段の五線紙に書くんですけども、非常に複雑に書いているつもりでも、結局はその中のライン2本ぐらいを引き出すために回りを点描画のように埋めているんですよね。これ、確かに西洋の作曲家はやらないなと。引き算だなと思いますね。白身魚とスコアはアイデンティティにおいてリンクしているんですよ。
 僕の父はとにかく自分の勉強を一生懸命やれと言う人だったんですが、兄は自分が美術をやるから、専門ばかりやっているよりは、全然知らない人たちの世界を観るのはいいことだと言い出したんです。父の言うことも一理あるけれども、兄の言う世界に僕は共感していったんですね。それで世界が異常に広がりました。だから料理人や食から与えられるヒントというのはすごく大きいですよ。
 しかも料理人と作曲家って同じ脳を使うと思うんです。時間芸術。時間によって出す順番を考えるとか、温度を考えるとか。だからメニューを考えるのはコンサートのプログラムを考えるのと同じだと思いますね。だからそれは西洋と和ではぜんぜん違う。西洋は必ず山を持ってくる、時間芸術のピラミッドの三角形というのがあるんですけど、ピークをどこに持ってくるかっていうような仕掛けを起承転結を作りますが、和食は違いますよね。西洋料理と言うのは素材をメインで選ぶけれども、和食の場合は料理の仕方、焼き方や蒸すとか煮るとかそういうのがそれぞれ主役なので、淡々としているような料理ですよね。それがやっぱり日本的だなあと思いますね。だから僕もいま、そういう音楽を作りたいなと思います。
せんじゅあきら◎1960年東京生まれ。東京藝大作曲科卒業。同大学院を首席修了。ドラマ「ほんまもん」「風林火山」「99年の愛」、映画「黄泉がえり」アニメ「機動戦士Vガンダム」「鋼の錬金術師FA」等多数の音楽を担当。作曲家・編曲家・音楽プロデューサーとして幅広く活躍。受賞歴多数。東京音大客員教授。好評の「千住明 個展コンサート」は4月3日サントリーホールにて開催。(お問い合せ ジャパン・アーツぴあ 03-5237-7711) http://www.akirasenju.com
撮影=緒方栄二
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