ヨーロッパに住んでいる日本人の友だちたちと待ち合わせて、ギリシャの小さい島に一週間くらい滞在していたときのことだ。
 私たちが毎日のように通ったレストランは、大きな冷蔵庫の引き出しを目の前であけてその日に採れた魚を選ばせてくれた。選んだ魚は店の前の大きな炭火グリルで焼き上げられて席に運ばれてくる。
 大きなタイ、スズキ、イサキなどを私たちはお腹いっぱい食べた。
 新鮮だし、焼き方も完璧だし、海が近くて気持ちのよい風が吹いているし、どんなに飲んでも安い地元の白ワインの味がぴったりだし、最高だった。
 オリーブオイルと塩とレモンだけのシンプルな味つけだったけれど、魚の身がぎっしりしてよくしまっているので、野性的で深い味がした。
 荒々しく冷たい海を生きてきたでっかい魚たちを、ぱちぱちいう炭にほとんど触れるようにして焼いただけの料理だ。
 沖縄で飲む泡盛が東京で飲むよりもおいしいように、北海道で食べるいくらがあの冷たい空気に似合っているように、やっぱりその場で採れたものをその土地の食べ方で食べるのがいちばんいい。だからいろいろ味つけをしないで食べるのがいいね、と言っていた私たちだが、さすがに一週間くらいしたら白身魚を焼いた味に少しだけ飽きてきた。
「邪道だとはわかってるけど」と言い訳しながら、私はスーツケースの底に入れてきた醤油を取り出して、その日の魚、巨大なタイの身にちょっとだけかけてみた。
 そのおいしさと言ったら、もう。
 日本人に生まれてよかったと叫びだしたいくらいだった。みんな同じように醤油をかけて信じられないくらいおいしいと大騒ぎした。
「私たちって生まれながらにして、おいしいものがますますおいしくなる魔法を知ってるんだ」とあらためて誇らしく思い、それ以来魚をもっと食べるようになったし、ますます好きになった。
よしもとばなな◎1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年小説「キッチン」で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。88年『キッチン』で第16回泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、95年『アムリタ』で第5回紫式部賞、2000年『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞を受賞。著作は30か国以上で翻訳出版されており、海外の賞も多く受賞している。近著に『さきちゃんたちの夜』『スナックちどり』がある。
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