魚の出てくる短歌を探してみたところ、その数と種類の多さに驚かされた。レストランなどではなく、自分の家で、こんなに魚を料理して食べる国ってほかにあるのだろうか。改めて、日本人の生活にとっての身近さを感じた。その中から、幾つかを紹介してみたい。



冬粥を煮てゐたりけりくれなゐの鮭のはららご添へて食はむと
斎籐茂吉

 「鮭のはららご」とは、すじこのことだろうか。「冬粥」の白と「鮭のはららご」の赤の対比に沁みるような美しさがある。この時点では、作中の〈私〉はまだ食べてはいない。食うぞ、食うぞ、うまいぞ、うまいぞ、と思いながら「冬粥」を煮ているのだ。そういう時がいちばん楽しいんだろうなあ。

夕食はウナギに決めたと妻が言う内緒で昼間食した我に
長谷川哲夫

 これはおそろしい。「我」はさぞ、どきっとしたことだろう。何か感づいているのか、それとも偶然か。必死に「妻」の表情を読もうとしたんじゃないか。素直に白状して楽になれば、落ち着いた気分で今日二度目の「ウナギ」が食べられますよ。

冷蔵庫の壊れし朝に鯵六尾全て焼き上げ膳に並びぬ
海老根清

「鯵」が〈私〉の好物なんだろう。たくさん買い込んで、ゆっくり楽しもうと思っていたら、なんと「冷蔵庫」が壊れてしまった。その結果、「鯵六尾」が一気に食卓に並ぶことになったのだ。「朝」から思いがけない食べ放題。うれしいけどかなしい。こんなことって一生に一度だろう。
ほむらひろし◎歌人。1962年札幌生まれ。著書に『シンジケート』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』『世界音痴』『本当はちがうんだ日記』『にょっ記』『絶叫委員会』『君がいない夜のごはん』『蚊がいる』等。ほむらひろし名義による絵本翻訳も多数。2008年より日経新聞歌壇選者。『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、「楽しい一日」で第44回短歌研究賞、『あかにんじゃ』(絵・木内達朗)で第4回ようちえん絵本大賞を受賞。近著に『ぼくの短歌ノート』『にょにょにょっ記』がある。
Copyright (C) 2015 NAKAJIMASUISAN Co., Ltd.