何十年も居酒屋に通い続け、注文の仕方も結論が出た。
 答えはきっぱり「酒と刺身」。
 私は日本酒党で、刺身に合う酒は日本酒しかない(断言)。白ワインがイガイと合うとか言うけれど、ワインの果汁香は刺身に邪魔になる。刺身と米の最良の料理は言うまでもなく寿司。日本酒は米で作るゆえに刺身に合う。「イガイと」などと意外なことをする必要はない。
 ビールも刺身には合わない。あの豊潤な苦味と生魚は喧嘩する。しかし私は酒は必ずビールから始めるのを続けてきた。その日の仕事を終えてさあ飲むぞという時、ちびちびとスタートは不景気で、やはりングングングング……プハーとやってこそ「さあもう何もしないよ」と一日の終了宣言になる。したがって居酒屋ではまずビールをたのみ、お通しをつまみながら本日の刺身のセレクトに入る。いちばん楽しい時だ。
 ポイントは、
 @旬を入れる
 A三種盛り合わせにする
 Bその三種のバランスを工夫する
 C昆布〆、酢〆が入ると豊かになる
 D貝を忘れるな
 @はもちろん旬は味がよいからだが、例えば「小鰭の新子」「初カツオ」或いは「鮎入荷」など「走り」の貼紙があれば“食べたくなくても注文する”のが江戸っ子で「オレは知ってるぞ」と見栄を張る。
 Aは、一種類がたくさんよりも、二〜三切れずつ三種の、味の変化が楽しい。
 Bは苦心のしどころで、基本は白身(たい・ひらめ・かれい・かわはぎ・いかなど)、赤身(まぐろ・かつお・かんぱちなど)、青魚(さば・あじ・いわし・さんまなど)を組み合わす。白身も透明に近いさより・かれいと、桜色が帯を成す鯛では見た目がちがう。これらを味の対比、盛り合わせた色と姿の美しさで選ぶ。したがって、ひらめ・かれい・いかの三種盛りは真っ白で淋しくなる。
 Cそこに、切っただけではないこしらえが入ると選択肢が増える。ひらめの昆布〆、酢〆の小鰭、〆鯖。あじはたたきかなめろうか。かつおも刺身かたたきか。たたきはちり酢の正調か、尺塩を振って炙る焼切りか。最近は皮目をガスバーナーでガーと焼くちょい炙りも人気。かわはぎがあるとなれば「肝は?」となる。
 Dは忘れてならない脇役で、鮮紅の赤貝、鴇色の青柳、象牙色の平貝、黒い鳥貝など。貝が入った華やかさは、主役を引き立てる三味音曲の如く。もちろん味のアクセントも。
 ならば全部を盛り合わせればよいではないかと思うかもしれないが、それは野暮な田舎のお大尽。粋な刺身盛りはあくまで三種まで。興がのれば品を替えてもう一皿が江戸っ子の流儀だ。てなわけで――
 「刺身、鯛・まぐろ赤身・小肌の一緒盛り。酒、○○のお燗。四十五度で」
 「かしこまりました!」
 その次は、
 「まこがれい・〆鯖・赤貝。まこがれいは紅葉おろしでぽん酢、〆鯖は生姜、赤貝は山葵でヒモ忘れるなよ。添える生若布は多めにな」
 「か、かしこまりました」
 うるせい客だなとにらまれるのでした。
おおたかずひこ◎1946年北京生まれ。デザイナー/作家。『居酒屋百名山』『居酒屋道楽』『ニッポン居酒屋放浪記』『超・居酒屋入門』『太田和彦の居酒屋味酒覧』『居酒屋を極める』『日本の居酒屋−−その県民性』など著作多数。テレビBS11局「太田和彦ふらり旅いい酒いい肴」は4年めに。
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