中学から、明治大学の付属校に通っていた。受験勉強をする必要もないから時間に余裕があり、小説を書き投稿し、高校三年の秋に文学新人賞を受賞し小説家デビューした。一二月に、友人たち三人と、熱海へ釣りに行くことになった。受験生だったら受験勉強の真っ最中の時期である。小説家デビューし終の職業まで決まってしまったあの時期の僕の生活は、一〇代ながら、高等遊民の老人みたいだった。
  電車で熱海まで行き、そこから釣り場である公園へ歩いて行く。海釣りの経験はあまりなかったが、ルアーフィッシングやハゼ釣りの経験はあった。ずっと前に親戚から送ってもらった海釣り用の、スピニングリールと組み合わせた竿に、仕掛けをつける。アオイソメを釣り針にかけ、コンクリートの岸から遠くへ飛ばそうとするも、思うように遠くへ飛ばせない。友人や周りの釣り人の竿と比べると、僕の竿はかなり短かった。
  海釣り用の竿は、家の中で広げるとリビングの対角をわたすほど長いが、外に持ってきてみると、長さが足りなかった。防波ブロックをぎりぎりで越えたあたりまでしか飛ばない。それでも、その辺りを狙って仕掛けを着水させている人たちもいたから、必要じゅうぶんな長さには達しているといえた。
  金目鯛なんかが釣れたらいいな、と友人たちと話していたが、なかなか釣れない。そのうちに、一人、また一人と、友人たちが釣りだした。釣れないまま辺りが暗くなっていき、僕は持参したテント二つを岸のすぐ手前に設営した。自転車でキャンプツーリングに何度も行っていたが、釣りのためにテントを張るのは初めてだった。
  ガスで米を炊き、レトルトカレー等で食事を済ませ、四人で会話しながら釣りを続ける。結局この日、僕は一匹も釣れなかった。翌日昼になっても、釣れない。僕は小学校高学年の頃より時折釣りをやっているが、自分の才能のなさには薄々と気づいていた。しばらく経って釣れないと、すぐ手法を変えてしまうからだ。結果、同じ戦略でずっと待っていた人たちのほうが先に釣れてしまう。
  それでも、帰り時刻が近づいてきていた午後一時台に、ようやく魚がかかった。釣り上げたそれは、カサゴだった。ほどなくして荷物を片付け、熱海駅近くの銭湯で入浴し、電車で帰った。一匹だけ持ち帰ったカサゴを、母は塩焼きだか煮付けだかにしてくれ、笑いながら言った。 「えらく高くついたカサゴだねぇ!」
  先日、その友人たちのうち一人を含む男四人で、熱川の日帰り温泉施設へドライブに行った。僕が買ったBMWのセダンでだ。伊豆方面へは、電車で行くと時間がかかるが、車だとすぐで、近く感じられる。その帰り道で熱海にさしかかり、一四年ほど前に釣りをしテントまで張ったあの公園の前を通った。当時一緒に行った友人にそのことを言うと、懐かしがった。友人は今でも釣りをしているし、同乗していた彼とは別の友人も今は釣りにハマっているとのことだった。一緒に釣りに行った友人は今、奥さんと家庭内別居中で、飼っている猫を介してのごく些細な会話が、唯一の会話なのだという。釣りにハマっているもう一人の友人は、仕事や家庭で忙しくてもなんとか時間を捻出して、釣りに出かけているらしい。人生は色々と変わってゆくが、釣りのように優雅な時間の使い方をする趣味に、男はとりつかれてゆくものなのだろうか。
  近々、僕は船舶免許を取る予定だ。免許を取ったら、彼らと船で沖まで釣りに行こうか。さっき調べたところによると、金目鯛は、深海でないと釣れないとのこと。高校時代の僕らはそんなことも知らず、岸から釣ろうとしていた。
はだけいすけ◎ 小説家
1985年東京都生まれ。2003年、「黒冷水」で第40回文藝賞受賞。
2015年、「スクラップ・アンド・ビルド」で第153回芥川賞受賞。
Copyright (C) 2018 NAKAJIMASUISAN Co., Ltd.