二十数年前父が蒸発した。数ヶ月後連絡があったと思ったら、海沿いの町に住んでいた。そこに至るまで色々あったが、今回は関係ないので省略します。最初は仕事もしてなかった父だが、毎日防波堤で釣りをしていたら、地元の人と仲良くなり、いつのまにやら船の免許を取得し漁師になっていた。その後、私は何度も、その町に行き、父の世話になっている船宿でアルバイトをさせてもらったりして、親子共々世話になっていた。他にも、ワカメ漁を手伝ったり、物凄く小さな船で海に出て釣りをした。その度に父は「海は食べ物だらけで、ありがてえ」と話していた。キス、アジ、ヒラメ、カレイ、アナゴ、わたしは釣りに精通しているわけでもなく、竿もそこら辺にあるものを適当に使っていたのに、よく釣れた。父が言うには「お前は何も考えてないから、よく釣れる」とのことだった。仕事が終わり午後、防波堤に行くと常に父の仲間がいた。前歯がない元漁師、無職で猫と暮らしている人、マグロ漁船に乗っていた人、体を鍛えるためいつも腰にタイヤをつけている青年などなど、個性的な人たちが沢山、防波堤は地元民の社交場でもあった。わたしは、父に「お前は、よく釣れるから」と竿を渡され、ここでも釣りをしていた。あるとき、キスを何匹か釣ったら、竿が「ビュン!」としなり、引き上げると、見たことのない魚が釣れた。すると父の仲間で、前歯のない元漁師のおじさんが、「アイナメじゃねえの!」と興奮し、普段は緩慢なのに突然動きが速くなり、針からアイナメを外し、「すぐ針落とせ」と言った。その人の動作が速くなったのに驚きつつ、針を落とすと、同じアイナメがすぐに釣れた。訳わからなかったが、「アイナメはつがいで泳いでいるから」と前歯のない元漁師に言われた。つがいで泳いでいたら一方が釣られ、追いかけるようにもう一方が釣られ、なんだか申し訳ない気分になったが、刺身と塩焼きにしたら、とんでもなく美味かった。釣っておいて、おセンチになっている場合ではない、魚は感謝して美味く食べるのが一番だ。

いぬいあきと◎脚本家・俳優
1971年、東京生まれ。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で、台本、出演などを担当。小説家としても活動していて、『まずいスープ』『ぴんぞろ』『ひっ』『すっぽん心中』は芥川賞候補に、『すっぽん心中』で第40回川端康成賞受賞。『のろい男』で第38回野間文芸新人賞を受賞する。


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