丹後半島の北東部に位置し、重要伝統的建造物群保存地区として選定されている舟屋(ふなや)の町並みで年間30万人近い人々が訪れる京都府与謝郡伊根町(よさぐんいねちょう)。日本三景・天橋立にほど近い風光明媚なこの海上に「伊根まぐろ」の養殖場があります。養殖マグロではトップブランドの呼び声が高い「伊根まぐろ」の育成方法や品質管理、それに関わる漁師さんたちの仕事に密着してきました。

天然の入り江が育む漁場

 京都市内から車で北へ約2〜3時間。いくつか山を越え、日本海へ出れば、天橋立に代表される景勝地が目の前に広がります。そこからさらに国道沿いを北上すること30分、若狭湾に面した静かな入り江に約230軒の舟屋が見えてきます。伊根町の町並みです。
 「舟屋」とは、海に面した1階が船の収納所、2階が居室となっている建物のことで、まるで海の上に浮かんでいるかのように見える伊根独特の建築物です。歴史的景観として、重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、映画『男はつらいよ〜寅次郎あじさいの恋』(82年)の舞台になったことでも知られます。
 伊禰浦(いねうら)と呼ばれていた江戸末期頃にこの町並みはできあがり、直径1qあまりの小さな湾ながら、クジラ、ブリ、マグロ、カツオ、イカなどが豊富に獲れる優れた漁場でした。現在も豊かな漁場として、多種多様な水産物が水揚げされています。
 伊根湾は日本海にありながら南向であることや、湾の出入り口に鎮座する青島(写真右上)が天然の防波堤となっていることなどから、波が穏やかで潮の干満差も少ないため、海際に建つ舟屋が可能なのです。

伊根まぐろはどんな魚?

 「伊根まぐろ」の養殖事業がスタートしたのは2006年、来年で14年目を迎えます。なぜこの地になったかというと、伊根湾が穏やかな漁場であることに加えて、水温が冬12〜夏30度と寒暖差が大きいことが、良質なマグロを育てる上では有利な条件になっているからです。  原魚(げんぎょ)は、日本海を遡上する天然のクロマグロ(本マグロ)の群れを、6月中旬〜7月中旬、まき網漁で採捕したものです。主漁場となるのは島根県浜田沖から佐渡沖付近で、この時期、産卵を終えたマグロは痩せているとはいえ、サイズは30〜200sほどの大きさです。  採捕されたマグロは、生きたま曳航生簀(えいこういけす)で、約2日かけて伊根の養殖場へ輸送されます。  港から船でほんの5分ほどの沖にある養殖生簀は約40m四方、15〜17mの深さのものが4つ。マグロは適宜4つの生簀に振り分けられ、出荷までの3〜4ヶ月、日本近海で獲れた良質なサバを主としたエサのみを与えられ育成されます。

ダイバーの戸口さんと川島さん。伊根まぐろ漁に関わる職員は皆、潜水の訓練を積んでいる

天然魚からブランド魚へ

  繊細で警戒心の強いマグロは、生簀へ入ってから、長いと1ヶ月近くもエサを食べないことがあるため、職員は日々適正な給餌量管理と、潜水士による育成状況の目視観察、生簀整備の点検を行っています。
 採捕時は痩せ気味のマグロですが、出荷する頃の魚体肥満度は20〜25以上となり、見事な脂が乗ります。9〜10月頃にかけて食欲旺盛になり、体調が増し(ピーク時の1尾当りの1ヶ月のサバの消費量は約200s)、10〜11月頃にそこへ脂肪がついてきます。
 「伊根まぐろ」は常時、顧客から指定された本数と大きさにより、その日の水揚げ数が決まります。取材の日の水揚げは68sと103sを各1本でした。出荷開始当初の10月は1日約10本の水揚ですが、徐々に増え、ピーク時の年末年始は1日100本を超えます。
 まず潜水士2人が生簀へ潜り個体を選びます。決まると電気モリでマグロを捉え、感電させたところへ、スパイキーというT字の銛(もり)で脳天を尽き仮死状態にさせます。そしてマグロを船上へ引き上げ、神経〆をして、速やかにエラと内臓を取り除き、船内の水槽で氷水に漬け込みます。

人の手が磨く味覚と品質

 港へ戻った船の中でさらにそのまま2〜3時間冷やし込みを続けた後、捌(さば)き台に上げて最後の処理を施し、「伊根まぐろ」のラベルを貼り、出荷という流れになります。  ビニールに詰めた氷を魚体に乗せた状態で箱に収めるのは、マグロの中心の温度を常に5度以下に留めておくためで、作業の合間も度々、西南水産の戸燗ァさんが芯温計で測定をしていました。  出荷されるとその日中に舞鶴市場へ運ばれ、翌日か翌々日には各顧客の元に届きます。 「伊根まぐろ」は12月頃からが最も脂が乗り、旨みも増します。トロはもちろん、赤身の深い味わいも人気です。天然で育った大型クロマグロを短期間だけ養殖しているのは、全国でも「伊根まぐろ」だけ。  天然に極めて近い味覚と品質の確保、そして何より日本人が愛してやまないマグロを安定的に供給するために、伊根で働く職員さんや漁師さんたちは、奮闘していました。

西南水産株式会社の職員の皆さん

重要伝統的建造物群保存地区に選定されている伊根の美しい舟屋風景

撮影=行竹亮太 取材=中島宏枝
取材協力=西南水産株式会社、日本水産株式会社

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