最近、魚人生においてとても悲しいできごとが起きた。
 家から徒歩一分のところにあった魚屋さん、U(仮名)がつい半年ほど前に閉店したのだ。
 小さな商店街の一角に店を構える老舗だった。魚の味わいを心から愛好する店主と、いつも身ぎれいでにこやかな奥様が商っておられた。日本全国のどの港でいつ揚がった魚介がどうすばらしいか、その膨大な知識をお持ちの店主は、聞けば何でも懇切丁寧に教えてくれた。穴子なら羽田、なまこなら能登、赤貝は三陸、たこは佐島よりも地元の鎌倉ものが最高、とご自身の「一押し」を季節ごとに揃え、リーズナブルな値段で提供した。冗談好きで、やや鮮度の落ちたものを手に取ろうとすると「買っちゃだめ」と注意された(その後どうするのか)。どの商品がいつ水揚げされたかまではっきり教えてくれた。
 何と言ってもスペシャルだったのは、すぐ目の前の相模湾で獲れたばかりの極めて新鮮な魚介の品揃えである。春はかさご、めばる、はた、夏はいせえび(鎌倉えび、と地元では言う)、あわび、さざえ、秋から冬にかけては、ほうぼう、かわはぎなどが、週に何度か、漁船からそのまま降ろされた状態で店頭に並ぶのだ。
 この店と出会ったのはいまから六年ほど前のこと。家を建てる土地を探していたとき、候補地のそばで見つけたのだ。うまそうな(肝でお腹がぷっくりした)かわはぎが水槽で元気に生かされたまま、びっくりするほど安く売られていた。反射的に、ここに住もうと思った。結果的にそれは大正解だった。そのあとずっと私は極上の魚を手軽に味わいつづけることができたからだ……U閉店のその日までは。
 ご夫婦とも高齢になったということだけではなく、近年の漁獲量の激減、一般家庭の魚離れを、閉店の理由として挙げておられた。これぞという魚を店先に並べても、それを喜んで買っていく客がかつてほど多くなくなってきたのだそうだ。魚の味を愛するがゆえに、その寂しさはより一層深く切実なものだったように見受けられた。
 Uのご夫婦には、ごくろうさま、ゆっくりお休みくださいとお伝えするほかない。Uがあったからこそ経験することができた美味の記憶をいつまでも反芻したいと思っている。
 それにしても、すばらしい魚屋が街から消えることの損失がどれほど大きいものか、毎日、献立を考えるたびごとに痛感する。Uロスは癒えそうにない。すばらしい魚屋のそばにお住まいの方々には、ぜひ今を大事に、とお伝えしたい。

みうらてつや◎青山学院大学文学部教授。専門は映画研究/1976年福島県生まれ。鎌倉市在住。二児の父として日々の家事に務め、食についての執筆も行う。著書に『LAフード・ダイアリー』(講談社、2021年)、『食べたくなる本』(みすず書房、2019年)、『『ハッピーアワー』論』(羽鳥書店、2018年)、『映画とは何か─フランス映画思想史』(筑摩選書、2014年)。

Illustration:上野るう
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