色とりどりのルアーたちのことが大好きでした。
 彼らの何が好きかって、どれもこれもおいしそうだったのです。
 私が何より好きだったのはイカの形をしたゴム製のルアー。うすい黄色の蛍光色のゴムでできていて、長い頭の下に黒と銀に光るビーズのような目、その下からは何本もの細くて長い脚がシャワーみたいに伸びているものです。少し透けた蛍光色とラメが入ってるゴムは、どことなくグミを連想させていかにもおいしそうだし、細長い足は私の大好物であるするめ、イカソーメンのような噛み心地がするだろうと思っていました。一本口に含んでその細さをじっくり噛みしめてみたり、何本も一纏めの束にして口に入れごむごむと噛み切りたい気持ちがぐつぐつと湧き上がります。危険な針がついた絶対食べられないルアーは、私の中ではもうイカソーメン味の魅惑の物体なのです。
 もう一つ好きだったのは軽くて硬い木製の魚の形のルアー。グレーっぽい白地に青のグラデーションがかかったつるつる光沢のある塗装で、白と青のグラデーションの境目には黄色のラインがすっと引かれています。塗装は所々剥げていたので、塗装の下のもとの茶色の木の色が見えていました。私にとってその剥げはバナナの黒い点々のようなもの。硬くて乾いた木の色は、私のおいしそうスイッチを押します。実際のルアーからおいしそうな匂いはしませんが、私は塗装の下の木から滲み出る空想の鰹節の匂いを嗅ぎ取っていました。鰹節は木のような物をおがくずのように削ると出来ると知っていたので、ルアーをかんながけすると、全てをおいしく丸め込んでしまう、あの鰹のお出汁の匂いが立ち上がると確信していました。もはやルアーは、鰹節のかたまりでした。
 そんなふうにルアーにうっとりしていた子供時代でしたが、実は見るだけでルアーをほとんど触ったことがありません。肉を引っ掛けようと光る鋭利な針がおそろしかったからです。きっと針がなければうっとり撫でたあげく匂いを嗅いで口に付けようとしたでしょう。
 空想の海にいる私を引き上げるのは、いつもルアーについた針でした。そこまで考えて、おいしそうだと夢中で眺めていたあの時、あの瞬間の私は、ルアーに引き寄せられる魚になっていたのだと初めて気が付きました。

いしやまあずさ◎イラストレーター・漫画家/ 1988年大阪生まれ。著書に『真夜中ごはん』『つまみぐい弁当』(共に宙出版)、『くいしんぼうのこぶたのグーグー』(教育画劇)などがある。
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