父が山の男で、イノシシ猟の名人だったので、ぼくの身体の大部分はイノシシを栄養にしてできている。
 我が生活圏である湯河原熱海は、山から海の急斜面。山彦と海彦に交流があるのは、古事記に遡る必要もない。知り合いの漁師に、牡丹肉を渡せば、海の幸がお返しにやってくるのは日常のこと。そんな訳で、ぼくの身体の残りは、近港の、鯵の干物、キンメ、アマダイ、伊勢エビあたりで、できているのだろう。
 熱海銀座は、この十年でかなり復活した。しばらくシャッター街だったのが、現在はすべての店が
営業中だ。熱海プリンなどの新規の行列店と、昭和レトロな喫茶店が同居しているのが面白い。ここの老舗は、もちろん干物屋である。
 釜鶴ひもの本店や、あをきのひもの店は江戸時代から続く一五〇年の歴史がある。中でも一番の老舗は、小沢ひもの店で、和銅三年というから西暦にすると七一〇年。平城京に遷都した年に開業とは恐れ入る。一九五〇年の熱海大火により、それ以前の文献は失われてしまったのが残念ではある。しかし、どの干物店も古式製法にこだわりつつも、新しい気概に満ちているのが、眩しいくらいだ。
 ぼくはこの商店街を中心に、熱海未来音楽祭というフェスティバルを主催して五年になる。ジャンルに当てはまらない、その場でしか生まれない音楽を街と共に作り上げる音楽祭である。同じく熱海に住んでいる作家の町田康に協力してもらい、詩の朗読もプログラムに加え、ダンスとの共演など、間欠泉からお湯がどっと噴き出すような多彩なプログラムを展開している。
 この度のテーマは、「誰も、気づかなかった。温泉と音楽。」
 熱海という地名は、まさに熱い海という意味で、奈良時代、箱根の万巻上人が、海中に沸く熱湯によって魚類が焼け死に、甚大な被害を被っていた漁民たちの訴えを聞き、祈願によって泉脈を海中から山里へ移し、「この前にお社を建てて拝めば、現世も病を治す、来世も幸せに暮らせる」と人々に説いたという伝承からきている。
 ドイツ文学者の種村季弘さんは、湯河原の吉浜に居を構えていて、熱海の古き良き福島屋旅館(閉館)の日帰り温泉に通ったりする温泉マニアだった。種村さんが翻訳した『絞首台の歌 クリスティアン・モルゲンシュテルン』は、ぼくが大好きな本である。モルゲンシュテルンには、さかなの詩があるので、是非紹介したい。
「Fisches Nachtgesang(夜に歌う魚)」という詩である。これは言葉で書かれた詩ではなく、カリグラムという視覚による詩である。「具象であり、かつ抽象である詩作」は、なんともかわいい。

 

「Fisches Nachtgesang」 Christian Morgenstern

まきがみこういち◎音楽家・詩人/一九七八年結成のヒカシューのリーダーとして作詞作曲はもちろん、声の音響やテルミン、口琴を使ったソロやコラボレーションを精力的に行っている。喉歌ホーメイは日本の第一人者であり、JAZZ ARTせんがわ、熱海未来音楽祭などをプロデュースしている。詩集『至高の妄想』で第一回大岡信賞受賞。最新アルバム『雲をあやつる』。
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