この原稿をお引き受けする際に、今回の特集が「塩数の子」だと教えてもらった。わたしはマンガの研究者なので、ここはひとつ数の子に関するマンガをご紹介しようと思い立ち、書棚の前をウロウロしてみた。しかしこれが難しい。だって、数の子に注目しながらマンガを読んだ経験なんてないんだもの。
数の子と言えば「おせち」の主要メンバーなので、おせちが出てくるマンガを探せばいいのでは? と思ったのだが、これも苦戦を強いられた。グルメマンガの代表格とも言うべき雁屋哲/花咲アキラ『美味しんぼ』(小学館)は黒豆の煮方をフィーチャーしており、数の子はお呼びでない感じだったし、ゲイカップルの日常を食の描写とともに描く『きのう何食べた?』(講談社)では、シロさん&ケンジが黒豆・卵焼き・ほたて貝柱入り紅白なます・関東風雑煮(鶏肉・小松菜・三ツ葉・ゆずの皮)でお正月を迎えており、これまた数の子の出番はないのだった。
それでもめげずに探していたら、いい感じの数の子が出てくる作品を見つけた。「金カム」こと野田サトル『ゴールデンカムイ』(集英社)である。北海道のどこかに隠されたという大量の金塊を巡って様々な人間がしのぎを削るバトルマンガだ。
その作中、主人公たちがニシンの番屋に寄るシーンがあり、そこでニシンに関する食文化も紹介される。6巻に登場する松前漬けは以前から知っていたが、5巻に登場する「子持ち昆布の串揚げ」には意表を突かれた。なにこれ。食べたことない。作中の言葉を借りれば「外はサクサク中はプチプチ自然な塩味でメッチャ美味いぜ」とのこと。揚げたての串揚げを主人公たちがはふはふ言いながら食べている。うまそうだなあ!
かつて北大路魯山人は「数の子は音を食うもの」というエッセイを書いた。そこには「考えてみると、数の子を歯の上に載せてパチパチプツプツと噛む、あの音の響きがよい。もし数の子からこの音の響きを取り除けたら、到底あの美味はなかろう」と記されている。なるほど。数の子最大の魅力は食感というわけか。それゆえ魯山人は「歯のわるい人には、これほどつまらないものはないだろう」とも書いている。ちょっと待って、わたしはいま絶賛歯列矯正中で、右の奥歯だけで全ての食べ物を咀嚼しているまさに歯のわるい人じゃないか。子持ち昆布の串揚げで金カム気分と魯山人気分を味わうのは当面の間お預けのようである(泣)。