「サーモン嫌いな人を好きにさせるサーモン」と生産者が胸を張るサーモンが、福井県大野市で育てられているのをご存じですか? そのサーモンは山の中の養殖場でかけ流しの清流につかりゆっくりと成長します。目に鮮やかなオレンジ色、もっちりとした肉厚の身、濃厚ながらさっぱりとしたあと味…。そんな「越前名水サーモン」*の秘密を探ります。
*福井中央魚市株式会社が生産する「ふくい名水サーモン」のうち、中島水産の規定を満たしたものを「越前名水サーモン」として販売しています。

森の中で育てられるサーモン

 福井県大野市は、安土桃山時代、織田信長から土地を与えられた金森長近が築城した越前大野城の城下町として栄えました。九頭竜川の源流となる複数の川が地下水となり土地を潤し、至るところに湧水地が点在する「名水の町」としても古くから知られます。
 越前大野城に近い湧水「御清水(おしょうず)」は昭和60年当時、環境庁名水百選にも選ばれた水で清涼な味わいが特徴。町の人々は近年までここで水を汲み、野菜や米を洗い、また下流では洗濯をするなど生活用水として活用していました。
 そんな大野市の中心部から山の方へ車を進めること30分弱。杉木立の森を抜けた山間に拡がる「宝慶寺サーモンベース」で、「越前名水サーモン」は育てられています。ここは九頭竜川の支流・清滝川上流の水と湧水が注ぐ陸上かけ流し式の淡水養殖場で、生簀(いけす)は常に清らかな水で満たされています。水温は真冬は2℃程度、真夏でも20℃を上回らず、水量や水中の酸素量などのコントロールがきめ細かく行われ、魚にとって最良の環境が維持されています。

1261年に開山した宝慶寺(ほうきょうじ)は永平寺に次いで日本曹洞宗第二道場の古刹

 「越前名水サーモン」の養殖に携わる福井中央魚市株式会社養殖グループの花木圭太さんはこう話してくれました。「水質、水量、水温、気温、空気、どれをとってもこれほどトラウトサーモンの養殖に適した場所はないでしょう。4月〜5月、私たちは海水で育てる『ふくいサーモン』の水揚げも行っていますが、冬でも海水温は6〜8℃以下になることはなく、真夏は20℃以上になってしまいます。元々トラウトサーモンは20℃以下の水温でしか生きられないと言われています。
 一方、真冬のサーモンベースは雪深く、過酷な自然環境の中で耐え、生き抜いたサーモンゆえの力があります。冬場、ぎゅっと身を縮めながら脂を蓄え、ゆっくりと旨味を増し、濃厚な味わいになっていきます。そして春、ミネラルを含んだ雪解け水もまた魚に栄養を与えてくれます」

緑豊かな森に囲まれた養殖場。稚魚から出荷寸前の魚まで、大きさによって区間が分けられている

冬場は3m雪が積もることも。水温は2℃まで下がるがそれが魚を美味しくする

サーモンにはどんな種類がある?

 一口に「サーモン」といってもその種類は様々。まず、大きく分けて養殖モノを「サーモン」、天然モノを「鮭」とすることが一般的です。さらにサーモンは「アトランティックサーモン」「トラウトサーモン」「銀鮭」の3つに大別され、それぞれ主要産地や特徴が異なります。今回の「越前名水サーモン」はトラウトサーモンに該当します。
 「当社ではふ化、育成、水揚げ、出荷までを1年半〜2年かけて一元管理で行っています。餌は魚粉や油、アスタキサンチン、ビタミン類を混合したオリジナルです。このアスタキサンチンの抗酸化作用が魚を強くし、また身を赤くします。そして年に数回、生簀に付着した苔や藻を洗浄・殺菌することで、淡水魚特有の臭みを軽減させます。そうした人的な工程も不可欠ですが、とにかく1時間で生簀の水が全て入れ替わるほど豊かな水により恒常的な清潔さが保たれています。養殖場の上流には民家や田畑がないので、生活排水や農薬が混ざることもありません」そう語るのは同社商品部の川野やよいさん。
 そんな「越前名水サーモン」とはいったいどんな味わいでしょうか。刺身をいただいてみました。まず目を引くのは肉の赤さ。鮮やかな濃いオレンジ色が印象的です。口にしてみると弾力のある身がしっかりとした肉質を感じさせ、とても良い歯切れです。そして魚の臭みや脂臭さはまったくなく、上品な甘さが後に残ります。「サーモンが苦手な方ほど食べていただきたい」と生産者の方々が口を揃える理由がよく分かります。
 「実際に世界各地のサーモンを食したプロの方々から『本当に淡水で育てたサーモン?』とよく聞かれるんです。どこを探しても臭みがないと不思議がられます」と川野さん。

独自のレシピでブレンドされた餌。主に自動給餌機により1日に数十回散布する

水揚げは魚体を傷つけないように人の手で1〜2匹ずつ網ですくう。この日は400尾を引き上げた

緑色の背中が特徴的。水揚げ後はこの場でエラに針を刺し仮死状態にして鮮度を保つ

地域の誇りであり宝物

 以前、釣り堀や養殖場として使われていたこの場所を同社が手に入れたのは2014年のこと。当時は放置され荒れ放題でした。社員の皆さんが自らツルハシやスコップを持ち、必死に整備を進め、改良に改良を重ねた結果、2023年に今の養殖場の状態に整いました。その第一の立役者と言われるのが営業副本部長の吉田祐記さんです。

養殖場の守護神である弁財天

 「現在は年間を通して品質、生産量とも安定供給が可能で、“このサーモンの旬は1年中です”とお伝えできるほどになりましたが、養殖場の設計といったハード面だけではなく、餌の質や量の試行錯誤、またストレスや病気から魚を守るための対策など、ソフトの面でもトライ&エラーを繰り返しながらここに辿りつきました」と吉田さん。
 生産者の方々のたゆまぬ努力と情熱により誕生した「越前名水サーモン」は、彼らの誇りであり宝物です。「地域の漁業従事者は年々減っていますが、このサーモンは地域の若者にも夢を与える存在になると思います。利益は次なる改善のために投資をするというのが弊社の方針なので、餌代の高騰なども看過できない点ではありますが、品質の良さと消費者の満足度を上げることは継続していくと思います」と吉田さん。
 なお淡水養殖のサーモンでは日本初のASC(環境と社会への影響を最小限に留めた責任ある養殖の水産物である証)を取得しています。国内では認知度はあまり高くありませんが、海外では消費者が当たり前のように認識している認証で、1年ごとに厳しい審査があります。
 通常2キロ前後で出荷される「ふくい名水サーモン」ですが、このサーモンにほれ込んだ中島水産では2.5キロ以上のものをオリジナルブランド「越前名水サーモン」として7月〜3月の間、店頭で販売しています。手塩にかけて育てられ、もっちりと肉厚の身と、旨味と甘みがぎゅっと詰まった「越前名水サーモン」。ぜひ驚きの味わいを体験してみてください。

福井中央卸売市場に運ばれたサーモンは台の上で大きさを選別され、計りにかけられていく

発泡スチロールの箱の底部に氷が敷かれている。大きさにより1〜3尾がそれぞれの箱に詰められる

お話をしてくれた(左から)川野やよいさん、吉田祐記さん、花木圭太さん

取材=中島宏枝 撮影=長谷川祐也
取材協力=福井中央魚市株式会社

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